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甲府地方裁判所 昭和30年(ラ)100号 決定

申立人 黒坂芳男

相手方 身延高等学校P・T・A

主文

本件異議の申立を却下する。

異議に因て生じた費用は申立人の負担とする。

理由

本件異議の理由は相手方より申立人に対する甲府地方裁判所昭和三十年(ヨ)第七八号債権仮差押申請事件につき同裁判所は申立人の第三債務者山梨県に対する退職金債権全額拾七万四千九百円について仮差押決定をなしその執行をした。しかしながら右仮差押債権は民事訴訟法第六百十八条第一項第五号第二項に該当しその四分の一のみが差押得るに過ぎない。即ち右債権は申立人が多年山梨県小学校事務職員として在職した後昭和三十年六月十五日退職したので山梨県小学校職員退職手当支給条例(昭和二十九年一月十四日公布山梨県条例第四号)により支給せられるものでその趣旨は昭和二十八年法律第一八二号国家公務員退職手当暫定措置法とその軌を一にするものである。而して右給与の性格は退職後の生活保障のための恩給の補充及び勤務中の給与の後払である。このことは同条例第一条の定める目的及び効力同第三条に規定する普通退職手当が最も尠いこと(その理由はこの場合には就職先のあてがあるとか退職後の生治に一応のあてがあると考えられている為である)同第四条の傷い疾病等の退職、同第五条の整理退職同第十条の予告を受けない退職同第十一条の失業者の退職手当等の規定に徴し明かに看取し得るところである。従て右退職手当は民事訴訟法第六百十八条第一項第五号の「官吏(公吏員をも含むと解する)の職務上の収入及び恩給」に該当するものである。されば右退職手当は恩給法第十一条の類推によりその全額又は尠くともその四分の一以上は差押をなすことができないに拘らずその全額についてなされた本件仮差押決定の執行は違法であるからその四分の三につき仮差押の解放を求めると謂うのである。

思うに民事訴訟法第六百十八条の規定は債権の性質上差押債権者の犠牲において債務者を保護する例外的な定めであるからその趣旨を拡張することは許されないものと謂わなければならない。而して本件申立人が山梨県学校職員退職手当支給条例に基いて支給せられる退職金は民事訴訟法第六百十八条第一項第五号にいう公務員の職務上の収入、恩給及びその遺族の扶助料に該当しないことは明かである。申立人は右退職金は恩給の補充及び勤務中の給与の後払たる性格を有するものであるというけれども、恩給は別に恩給法の定めるところに従つて支給せられる筈であり又公務員の給与は漸次生活給的なものから能率給的なものに移行し現在においてはほゞその基本給は職務分析による勤労者の能力の正しい評価の上に確立された職階制的なものに基いて定められているのであるから退職金を目して在職中における給与の後払的な性格を有するものであるとなす所論は当を得ないことであつて前掲条例上も斯く解すべき根拠がない。むしろ退職金は在職中の勤務に対する功績報償的な性格を持つものであると解するのが正当である。しかも前掲条例には退職金請求権についての譲渡又は差押を禁止する旨の規定は存在しないのであるから民事訴訟法第六百十八条第一項第五号第二項に依拠して本件仮差押決定の執行を違法なりとなす異議は到底採用すべき限りではない。

仍て異議申立の費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 杉山孝)

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